ぶかまを見に韓国まで行ったよ日記①

 ドストエフスキーのおたくなので韓国までミュージカルを見に行った。
 『カラマーゾフの兄弟』原作の「브라더스 까라마조프」(ブラザーズ・カラマーゾフ、通称ぶかま)である。
 「そういうのがあるらしい」とは仄聞していたものの言葉もわからんしなと手を出さずにいたところ、ダイジェスト動画が公式から出ており、友人の導きもあって「衝突」としか言いようのない形で出会うことになる。言葉とか関係……はあるけどそれを軽々と乗り越えてくる衝撃であった。病的な興奮に囚われ、なぜかプレゼン資料を作り全然関係のないオンライン飲み会で発表するという訳の分からない行動に走る。その節はお世話になりました。

 プレゼン資料を元にTwitter用に再編した資料
 一昨年〜去年には配信もあり、やはり病的な興奮に囚われて俳句連作()を作った。その上での再演決定である。行かないという選択肢はない。

 

 締切で死んでたり旅行にかぶって仕事が入れられそうになったりしたが、観劇旅行経験のあるフォロワーさんとソウルトリップというアプリに助けてもらって何とか当日を迎える。やることリストがすぐ頭の中からすっ飛ぶので、アプリのチェックリストは本当に助かった。ファンレターも韓国語ができる友達に添削してもらった。後は行くだけである。

中央に胸をたたいている男性のイラスト(いらすとや)のあるアプリの画面

ソウルトリップで作成した旅のしおりの表紙

 ところで私は韓国語はほとんどしゃべれない。一応初級文法と中級までの主要な単語は頭に叩き込んだが、勉強の目標を「ぶかまを見る」に合わせているため日常どころか旅行の役には立たない。その上での一人旅であった。一人旅は何度かやったが、外国は初めてだ。
 空港は流れ作業なので前の人についていけばなんとかなったが、空港鉄道でさっそくソウル直通列車を逃した上に反対方向の電車に乗ってしまい、ついさっき出てきた第二ターミナルに戻ってしまった。めちゃくちゃ見覚えのある駅を降りて反対向きの電車に乗る。直通列車は諦めて普通列車に乗ったが、それほど混んでいるわけではないし、時間も20分くらいしか変わらないので助かった。
 ソウルに着いたら地下鉄に乗り換えてホテルへ向かう。旅行中はずっとプリペイドカードと交通カードを兼ねたwowpassというのを使っていたのだが、ここで早速wowpassが活躍した。wowpass公式twitterの教えに従って地下鉄に乗り換える。雰囲気とか路線の色が大阪市営地下鉄っぽくて何となく親近感を覚える。スーツケースを引きずってきょろきょろしていると、すかさず誰かが助け舟を出してくれて、親切なのと観光客慣れしているのと両方あるのだろうが、一人旅の身としては本当にありがたかった。
 ホテルに着いたのは夕方で、そろそろお腹も空いてきた頃であった。近くにテグクダン(太極堂)という老舗のパン屋があるらしいので、そこに行く。食パンの間に卵を挟んでベーコンで巻いてこんがり焼いた卵パンというのにする。レジで「袋はいりますか?」というのが分からずきょとんとする(これだよ〜と現物を示してもらった)。

クッキーの中央にオレンジのジャムが乗っている

テグクダンで買ったおやつ

 ところでこの卵パン、持った瞬間に「重い……!?」と動揺したズッシリパンだった。食パンの間にゆで卵にマヨネーズを和えたものやコーンなんかがぎっしり入っている。コメダピザトーストみたいなボリュームである。味は甘じょっぱい。パンも中身も甘めで、ベーコンが塩味を足している。私はパンが好きなので、この先の朝食は(時に昼食も)ここで買うことになる。ここのパンは全体的にボリューム大きめであった。ロールケーキすらでかい。
 しばらく休憩してからイチョンへ向かう。国立中央博物館のホールでミュージカル「ラフマニノフ」を見た。滞在中はぶかま以外も色々見たいなと思っていたのだが、1日目に何を見るか決めかねていたところ、たまたまD列にキャンセルが出ており、ここに決めた。
 国立中央博物館は小高い丘の上にあり、ホールの入り口は博物館の吹き抜けを突っ切って階段を登ったところにある。登るとだだっ広い空間の向こうに夜景とタワーが見えて面白かった。翌日昼間に行ったところ、手前の空間は原っぱで、その先に山とタワーがある。写真を撮ればよかったと思う。

Today's Cast/안재영-라흐마니노프 임병근-임병근/김여랑-피아니스트+アンサンブルキャスト

キャスト表

 なおこの日のラフマニノフ役のアン・ジェヨンさんは前回までのぶかま公演でイワン・カラマーゾフ役にキャスティングされており、先に述べた配信でその姿を見ることができた、「わたしの心をめちゃくちゃにしたハチャメチャ歌うまお兄さん」(真魚さん談)である。真魚さんだけでなく無論私の心もめちゃくちゃになっている。
 ホールにもともとあるのか演目に合わせたのかは分からないが、グランドピアノが置かれており、開演前にピアニストの方が「Merry Christmas Mr. Lawrence」を演奏していた。少し前に坂本龍一氏死去のニュースが流れていたのだが、演奏を聴きながら、本当にあの人亡くなったんやなあ、としみじみしたりした。
 「ラフマニノフ」は直前に行くのを決めたのもあって予習時間が足りず、あらすじだけ確認して臨む。本編はフレーズや単語がところどころ聞き取れる、みたいな感じで、曲調とあらすじと実際のエピソードをつなぎ合わせてなんとか話を追っかけた。
 アン・ジェヨンさん演じるラフマニノフは、冒頭での公演失敗から人間不信気味になっていて全然心を開かないものの、生来の人懐っこさが端々から滲み出ている……という感じの人だった。ニコライ・ダーリ役イム・ビョングンさんは、この公演で初めて知った方なのだがめちゃくちゃ「ええ声」なのである。ミュージカル俳優を捕まえて「ええ声」も何もという感じではあるのだが、クラシックホールで聞く歌は格別であった。ダーリ先生は、人当たりはいいが野心家なところがあり、最初の方はラフマニノフを見る目がちょっと怖いなと思ったりした。だからこそ患者と主治医ではなく一人と一人の友人として出会い直すところはグッとくる。最後のとこどんな顔して見てたのよあなた……。
 ところでこの日の公演はカーテンコールが撮影できたのだが、本編とシームレスにつながっていてちょっと焦った。その上本編にないシーンが入る。ぶかまもそうだが韓ミュではこれが一般的なんでしょうか? 『新しき世界』で言うと「六年前、ヨス」がカーテンコールになっている感じである。
 公演が終わると雨が降っていた。