ぶかまを見に韓国まで行ったよ日記③

1日目・2日目のブログは以下

masainos.hatenablog.com

masainos.hatenablog.com

 

 起きたら10時だった。体力が「終わり」に近づいている気配がしたので、景福宮は諦めて北村韓屋村の散策に絞る。天気は曇りで、予報でも降水確率は低い。3日目にしてようやく雨ではない日だ!
 しかし寒い。めちゃくちゃ冴え返っとるやないか……。これも予報で渡韓前にわかっていたので、一応冬向きのものとカイロを持って来ていた。冬なのか春なのか分からないチグハグな格好で出かける。
 北村韓屋村(紹介ページ)は伝統韓屋の並ぶ地域であるが、かなり坂道がきついところにある。1日目から思っていたが、ソウルという街は坂が多く、高低差があって面白い。国立中央博物館からの眺めも面白かったが、ここも良かった(しかしこれはほぼ平地からなる土地から来たからそう感じるのかもしれない。東京に初めて行った時も似た感想を抱いた気がする)。北村韓屋村の周辺は、韓服を着て歩いている人もたくさんいて、ウロウロするだけで楽しい。
 なんとなく人の流れについて歩いていると、백인제가옥(白麟済家屋、公式ホームページ)というところに着いた。中に入れるらしい。階段を登って門をくぐるともう一つ内に門があって、庭の木々が見える。児童文学の世界みたいだなと思う。家の中には入れないものの、外から見学や撮影をすることもできる。庭も季節の花が咲いていて綺麗だった。韓服を着た人もそうじゃない人も、気に入った場所で楽しそうに記念撮影していてとても良かった。

レンガの門、内側に庭の木が見える

内門的なところ

板張りの間、奥はガラス窓。右手に彫刻入りの木製の応接セット、ゴザの上に置かれている。左手奥には棚。

居間

石の階段、庭木が二本。奥には花の咲いた木。

庭の奥の方

 目についたお店にふらっと入って気に入ったピアスを買っていると、雨が降ってきた。いや降るんかい! お店の主人が慌てて出てきて、外の商品が濡れないようにビニールをかけていた。しかし昨日のようなどしゃ降りではなく、かなり細かい霧雨である。これくらいならまあ……風情があると言えなくもないか……と散策を続ける。私は雨が嫌いなのでこれが精一杯歩み寄った感想であったが、伝統家屋の向こうに雨にけぶるソウルが見えるのは確かに素敵だった。

両側に伝統韓家の並ぶ通り。傾斜のきつい下り坂で、奥にビル群が見える。

北村韓屋村

 観光コースと市街地が接しており、ぼんやり歩いていると生活圏っぽいところに迷いこんでしまい、本格的に自分がどこにいるか分からなくなる前に大通りに戻った。雨もだんだん強くなって来ている。昌徳宮の方に気になっていた白磁のお店があり、そこへ行くことにする。
 김익영 도자예술(キム・イギョン陶磁芸術、紹介ブログ)は、昌徳宮の西側に接するようにあるお店&ギャラリーで、普段使いの器がメインであるが、鳥の置物や装飾的な花瓶、大きな壺も置いてある。
 お店のご主人に話しかけられ、意を決して日本から来て……と片言の韓国語で言ったところ、「どこから来たの? 東京?」と日本語が返って来た。大阪です。ゆっくり見ていってね〜というお言葉に甘えてお店をぐるぐる歩き回り、店に所狭しと積まれた器を見て回る。白磁は真っ白なのに影が薄青くて綺麗だ。お店にはでっかい壺が並んで置かれてある一角があり、海が並んでいるみたいだった。鳥の置物も小さいのから大きいのまで、色んな顔の子がいて可愛かった。
 買うのは家族へのお土産だけ、と思っていたのだが、どうしても気に入ったマグカップを見つけてしまう。どうも私は「真っ白でざらざらした質感の白磁」がとても好きらしく、そればかり手に取っていたのだが、持った瞬間に「好き!」となってしまった。買うつもりなかったやん……とかマグカップいっぱいあるやん……とか自分に言い聞かせてみたが無駄であった。持ったり置いたりしている時点で終わりである。太宰治の『斜陽』に「しくじった。惚れちゃった」というセリフがあるが、そんな感じだ。
 このお店どこで知ったの? とご主人から尋ねられ、ガイドブックに載ってて……と言うと、「え!? 写真撮っていい?」とワクワク写真撮影をしてらして、ちょっと重かったけどガイドブック持って来て良かったな〜と思う。しかしああ言うのって掲載したお店に連絡とかないんだろうか。
 お店を出たら雨が止んでいた……と思ったらまた降り出した。もうホテルに戻ることにする。この時点で冷えと雨で胃腸弱を発しつつあったため、コンビニで買ったお粥を食べる。かぼちゃと小豆のお粥で日本のよりもちもちしていた。
 お粥を食べるとちょっと元気になったので、ホテル近くのデザインセンターへ行く。宇宙船みたいな外観で、中に人工芝があるのがまた長期航行の宇宙船みたいだと思う。グッズだけでなく、本もたくさん置いてあって面白かったのだが、ブックデザインを見てもあまり心が動かず疲れを自覚する。適当なところで切り上げ、ホテルでしばらく「レッドブック」の予習をした。
 渡韓最後の観劇は「レッドブック」。前日までの二つは小劇場系の作品らしいが、これは結構大きなホールでやる。登場人物も多い。ヴィクトリア朝が舞台で、「女が書く」こと自体がおかしいと言われるような時代に、官能小説家として才能を発揮していくアンナが主人公のパワフルな作品だ。

Today's Cast/안나 민경아 브라운 송원근 로렐라이 조풍래 도로시&바이올렛 한보라/존슨&앤디 원종환 헨리&잭 안창용 줄리아 권보미  코렐 김연진 메리 이다정/판사 외 박세훈 서점주인 외 강동우 경찰 외 이경윤 앙상블 임수준 앙상블 박지은 스윙 김영광

キャスト表

 型破りなアンナもそうだが、脇役も皆個性が強くてパワフルだ。特に「ローレライの丘」の女たちとその主人のローレライは、アンナの元雇用主ヴァイオレットと共に「あなたの話を聞かせて」と、アンナに「書くこと」への扉を開く、物語上重要な脇役でありつつ、それぞれ個性と書く動機がしっかりあっていい。古い慣習を壊して、小さなペンで城を築く、と力強く歌う「우리는 로렐라이 언덕의 여인들(私たちはローレライの丘の女)」はとても好きな曲だ。曲も歌詞も好きだが、自らが自らのために書く、ということを宣言しつつ、「여물지 않은 문장들이 자라나는 성」(まだ熟さない文章が育つ城)と、未熟さを肯定しているところが特に好きだ。インターネットではとかく初心者を何かと「かわいがり」たがる経験者がトキワの森の虫ポケモンのごとく飛び出してくるが、彼らが口を出したがるその人は、すでに自分の城を持っている。入れるのは招かれた時だけだ。「私たちが私たちのために書くこと」の強い肯定と誇りを、それは自閉ではなくこの世界に新しい城を築くことであることを、ローレライの丘の女たちは高らかに歌い上げる。

www.youtube.com

 ローレライは、亡き恋人の遺志を継ぎ、女たちが書くための場所「ローレライの丘」を作ったという女装の麗人である。私が見た回では、前回のぶかま公演でドミトリー役だったゾ・プンレさんがローレライを演じていた。公式のポスター(キャスト表上段右から二番目)では何となく儚げな印象だったが、黒衣のスカートを振り立てて走り回り、リヤカーをぶん回してまた走り回る、かなりわんぱくな人だった。恋人との悲劇的な別れ、という前情報から影のある感じを想像していたのだが、ローレライは初っ端から「ローレライの丘」に全力投球で元気いっぱいに動き回る。何となくであるが、「恋人の遺志を継いで」というのは、最初の始まりで動機の根っこでありつつ、ローレライ自身がそうしたいから、というところが今のローレライにとって活力の一番の源である気がして好きだった。
 本作のヒーロー・ブラウンも良かった。わりとお堅いというか良くも悪くも常識人、みたいなブラウンが、常識はずれで理解し難い人間であるアンナに惚れてしまい、自分で自分が訳がわからなくなってメチャクチャになっているのはかなりよかった。ブラウン役ソン・ウォングンさんの歌声がジェントルで危うく全てを信じてしまいそうになるので、逆に詐欺師の役とかを見てみたい。
 主人公アンナは、「あの変わった子」としょっちゅう言われる型破りな人間だ。そうしようとしているのではなく、自分でもよくわからないけどそうなってしまう。出だしから失業中でしょっぴかれたり、批評で叩かれたり、悩んだり落ち込んだりもするがへこたれない。ミン・ギョンアさんのアンナは、片時もじっとしていないような、全編はじけるような生命力に溢れているのだが、「나는 야한 여자(私はいやらしい女)」では絶望からすっと背筋を伸ばして立ち上がり、自分を維持していこうとするのが本当にかっこよかった。

youtu.be

 私は臆病で卑怯な人間だし、たぶん性質は「群衆」に近いのだろうと思う。最近こういう作品を見ると、自分は主人公とかエンパワメントされる側というよりは、「レッドブック」発売に抗議してる側に近いんじゃないかと思うのだが、それならそれで、自分に抵抗していい人間であろうとすることを諦めたくないとも思う。


 次の日はゆっくり起きてゆっくり空港へ向かう。この日は朝は曇りでだんだん晴れていった。最後の日にようやく、と思わんでもないが、雨の中スーツケースを引きずるのはちょっとなあと思っていたので助かる。
 今回は空港鉄道の直通列車の方に乗ったが、なるほど確かに快適だった。第一ターミナルと第二ターミナル、どっちで降りればいいのか分からなかったので、とりあえず第二ターミナル行きの切符を買って電車の中で調べる。
 列車の関係で早く着きすぎて時間に余裕があったので、空港のフードコートでコムタンスープのセットを食べたのだが、胃腸弱の回復食として正解だった。卵も入っているし、牛肉がかなり柔らかくなっているので、胃腸に負担なくタンパク質が取れる。胃腸弱の時は麺とか粥とかばっかり食べてるからタンパク質が不足しがちなのだ。醤油豆みたいなおかずも美味しかった。
 まだ少々時間があったので空港の本屋に寄ってみたら、ドストエフスキーの『罪と罰』が置いてあったのだが下巻しかない。やはり上巻から売れていくのだろうか。ク・ビョンモの『破果』も置いてあって、いかついピンクのかっこいいデザインだったのだが、自分と相談した末色々とキャパオーバーになりそうだったので見送る。代わりに待ち時間と帰りの飛行機で積んドルしていた『三体』(1作目)を読み終わった。しかしまだたくさん積み本があるのだ……。今回の旅行は本を持って来なかったのだが、重いというのと、積んドル崩しも目的の一つだった。
 そんなこんなで大阪に帰り着いたのだが、この日の大阪は雨だった。天気は西から東に変わるんだった、と雨に降られながら思った。